コラム

第5回:「状況的な学習機会の構築と、理論と実践の反復にむけて」
東京都市大学環境情報学部准教授・NPO法人ETIC.理事 佐藤真久 

ETIC.がインターンシップ事業を始めようとした1997年当時、私は修士課程において、
アメリカのカリフォルニア地域にみられる「環境分野における学生の社会参加」に
関する事例研究を通じて、日本におけるインターシップの可能性を感じていました。
その後縁あって、宮城さんと山内さんに出会い、ETIC.のインターンシップ事業の
立ち上げに参画することになりました。

1970年代、アメリカとイギリスには、大学生による社会参加(インターンシップやコーオプ教育、
サンドウィッチ教育)が急激に成長した時代があります。
ベトナム戦争が終戦を迎えた1975年以降、アメリカは非常に混沌としていて、環境や平和が謳われ
価値観の多様化が見られる中、学生たちは次の社会の方向を暗中模索していました。
また、ちょうどこの頃、経済低迷の波を受けた企業は、大学生に即戦力を求め、
大学は高等教育の変革を迫られていました。

そんな時代に、アメリカではカリフォルニア州サンフランシスコを中心に、
ベンチャー企業やNPOが受入先となり、インターンシップが急激に増加しました。
資金は潤沢ではありませんが、新しい価値を創りだそうとするベンチャー企業やNPOに、
志ある若い人材が流入する仕組みが生まれたのです。
そして、このインターンシップの動きは結果的に、社会基盤の多様化を生み出しました。
1980年代後半には、全米大学の90%がインターンシップをカリキュラムとして導入しています。

また、イギリスでは、インターンシップのことを“理論と理論の間に実践をはさむ”ことから
「サンドウィッチコース」といい、アメリカと同様、1970年代後半以降に急激に伸びています。
当時のイギリスも経済が低迷し、大学生の就業意識が変化し、彼らの人生設計も
多様化しつつありました。イギリスでも、実践型学習・Work Based Learningが重視され、
ベンチャー企業やNPOが多くの学生を受け入れたことで、新しい価値創造型組織が拡大したことも
アメリカと類似しています。

こうした事例を調査研究と実体験(アメリカにおける環境インターンシッププログラムへの参加)を
通して、私は1970年代半ば以降のアメリカやイギリスと、1990年代後半に日本が直面していた
状況とが非常に似ていることに気づきます。
日本では、1996年に就職協定が廃止され、大学の存在意義が問われ始め、
学生たちは新しいキャリア観、就業意識を持ち始めました。日本でも今後、
「理論と実践の反復」を重視した学生の社会参加(インターンシップやサービスラーニングなど)
が必要とされる時代が近いに違いない、と考えていた時に出会ったのが、ETIC.です。

私の考えるインターンシップの意義は、1997年当時から変わっていません。
それは、「状況的な学習機会の構築と体系的学習とのリンク」です。
大学の変容や学生の価値観の多様化、社会のニーズの変化によって、
ものすごいスピードで社会構造の変化が起こっています。
私たちは、学校での授業によって理論的に学ぶ・理解する(体系的学習)癖がついていますが、
混沌とした変化の早い現場社会では、体系的学習だけでは対応できない事態が多くあります。
そこで必要となるのが、状況的学習です。

前述したように1970年代後半以降のアメリカやイギリスでは、様々なものが多様化し、
既存の経済が崩壊するなかで、体系的な知だけでは対応できないことが明らかになってきました。
それまでは、学歴によって雇用が保障されていましたが、そうした通例が崩壊し、
状況的な学習能力の必要性が問われるようになります。

つまり、「体系知(理論)と状況知(実践)の反復」が重要となったのです。
そして、知識を増やすだけではなく、持っている知識をどのように実際の現場で活かすか、
現場の経験を理論的にどう意味づけしていくかなど、現場経験と知識をどう繋げていくことが
できるか、知識の活かし方を考えなければいけない時代になりました。

これからの社会で最も重要な能力の一つに、コミュニケーション能力が挙げられます。
私は、このコミュニケーション能力を、“他の人たちと自分のナレッジを繋げていく能力のこと”と
捉えています。そうしたコミュニケーション能力をどのように高めればよいか。
実践的な場で、状況的な知を獲得し、体系的な知とつなげていく以外にないのではないのでしょうか。

高校を卒業した生徒のうち50%以上が大学に進学する今の日本は、
世界的に見ても稀な国です。
一部のエリートだけが進学する時代ではなくなったことは、大学進学の目的の多様化を促し、
大学そのものの社会的価値が低くなったという人もいます。
インターネットによって、瞬時に多くの情報が得られるようになったこともあり、
多くの人が大学に行って体系知ばかり学んだとしても、あまり意味はありません。
また、大学そのものも、体系知を教えるだけでは、今後生き残っていけないでしょう。
体系知を教えることのみならず、参加型で学ぶ機会を学生時代に提供することこそ、
高等教育でなされるべきであり、それに応えうる先生がいなければいけません。

もちろん、異なるセクターの人たちと一緒に仕事を進めるほど、面倒なことはありません。
あえて自分から手間を拡げることは、大学の先生にとっては苦労の連続です。
今、大学の中でインターンシップを進めようとがんばっている先生たちはバイタリティに溢れ、
状況的学習の潜在性と可能性を認識しているものの、
大学の中では異端な存在として見られているのが現状です。
しかし私は、こうした先生たちの努力によって、大学と社会をつなぐインターンシップが
もっと当たり前のように行われ、就職のためという文脈ではなく、
体系知と状況知がリンクしうる一つの学習プログラムとして成り立つと信じています。

大学生が社会の現場に入って様々な問題に直面し、自分中心で世界が動いていない現実を知る。
このような現状や、様々な人間関係の中で、どうやって次の行動を問題解決に繋げていくか。
インターンシップの潜在性と可能性は、このような状況知を獲得できる機会であり、
大学の学び(体系知)とリンクすることができる機会でもあるのです。

【プロフィール】
筑波大学第二学群生物学類卒業、同大学院修士課程環境科学研究科終了、
英国国立サルフォード大学にてPh.D.取得(2002年)。
地球環境戦略研究機関(IGES)の第一・二期戦略研究プロジェクト研究員、
ユネスコ・アジア文化センター(ACCU)の教育協力シニア・プログラム・スペシャリストを経て、
現職。アジア太平洋地域における国際環境教育協力に関する政策対話・調査研究、
持続可能な開発のための教育(ESD)に関する関連プログラムの開発・運営・研究などに関わる。