インサイド・レポート

怒涛の5時間。ETIC.内閣府事業の運営幹事会に密着
-NPO法人ETIC.内閣府事業の裏側と、3.11後の変化

NPO法人の「幹事会」と聞いて、みなさんはどんな場を思い浮かべるだろうか。議題を淡々とこなし、最後に幹事が承認。計画通りの2時間で会議が終わる形式的な場を想像するかもしれない。しかし、ETIC.の幹事会は、そのイメージとは大きく異なる。実際は、熱気を帯びた怒濤の5時間・・、いや6時間、8時間に突入することもある。それが、ETIC.の「幹事会」のいつもの姿だ。
それほどまで時間をかけて、その場の議論を優先する理由。それは、ETIC.のみならず、運営幹事のそれぞれがこの「幹事会」の意味を重要視しているからにほかならない。
ETIC.の幹事会とはどのようなものなのか。ここでは、ETIC.が運営する内閣府事業の運営幹事会から詳しくみてみたい。

(筆者:井上有紀)

―各分野のプロフェッショナルが、当事者として時間と情熱を注ぐ。

ETIC.は、2010年度から開始した内閣府事業を、適切かつ効果的に運営していくため、当初からこの事業に関する「運営幹事会」を設置した。外部から、ビジネス、社会起業、NPO、アカデミック分野のフロンティアで活躍しているプロフェッショナルの方々6名が、運営幹事として関わっている。いずれも、以前よりETIC.の目指している社会のあり方や価値観に共感し、協力してきたメンバーだ。

【ETIC.内閣府事業 運営幹事】(五十音順)

石川治江氏(NPO法人ケアセンター・やわらぎ 代表理事)
—日本の介護保険制度を構築した一人。介護はプロに、家族は愛をモットーに、日本における福祉事業の第一人者である。ETIC.との出会いは、2002年ソーシャルベンチャーのプランコンテスト「STYLE2002」。審査員をお願いしたことがきっかけ。

井上英之氏(慶應義塾大学大学院特別招聘准教授)
—ETIC.との出会いは、2001年。日本で初めての、ソーシャルベンチャーのビジネスプランコンテスト「STYLE」をETIC.と共に立ち上げている。

小城武彦氏(丸善CHIホールディングス株式会社 代表取締役社長)
—ETIC.との出会いは、1997年。ETIC.が、当時通産省(現・経済産業省)の小城氏からインターンシップに関する調査研究事業を委託されたのがきっかけ。ここから、ETIC.のインターンシップ事業が始まったといっても過言ではない。本事業に寄せたコラムはこちら

川北秀人氏(IIHOE代表)
—ETIC.との出会いは、1995年。上記の通産省からの委託調査研究事業の研究員の一人。当時、事業計画書講座などを実施していた川北氏に、研究事業の相談をしたのが関係の始まり。本事業に寄せたコラムはこちら

佐藤真久氏(東京都市大学環境情報学部准教授)
—ETIC.との出会いは、1997年。川北氏と同じく、通産省委託事業の実施メンバー。当時、留学中に出会った米国の環境インターンシップを参考にし、大学院卒業直後にETIC.のインターンシップ事業の立ち上げに参画。本事業に寄せたコラムはこちら
    
田坂広志氏(内閣官房参与、多摩大学大学院教授、シンクタンク・ソフィアバンク代表)
—ETIC.との出会いは、2002年の「STYLE2002」で審査委員長として関わったのがきっかけ。以来、ETIC.の重要な節目には必ず助言をいただいている。本事業に寄せたコラムはこちら

この内閣府事業において、彼らは、自発的に多くの時間と情熱を注ぎ、協力をしている。幹事は、運営幹事会への出席だけでなく、いくつかに分かれる事業の「担当」幹事として、ETICの各部門の中に入り、個別具体的なプログラムの設計や、イベント・ギャザリング等でのコーディネーター、パネリストとしての登壇、起業家の卵へのメンターや直接アドバイスなども行う、事業の推進に欠かせない存在となっている。

―経営陣・スタッフ全員とともに、事業の方向性を確認する

このように実際の現場に関わりながら、それぞれが専門分野で第一線で活躍している経験から得られる、外部者としての客観的な視点を併せ持つ幹事が、3ヶ月に一度、渋谷の会議室に集まるのが、運営幹事会である。そこには、ETIC.の経営陣、内閣府事業の運営に関わる全スタッフが一同に会し、事業の方向性の確認、各部門の活動状況に関する議論が熱く行われる。

ETIC.が幹事会を重視する理由。それは幹事会が、
● ETIC.は、何をやりたいのか(ETIC.の目指すビジョン)
● ETIC.は、何をすべきなのか(時代の要請)
● ETIC.は、何ができるのか(ETIC.のもつ能力と、組織のキャパシティ)

ともすれば、現場で起業家や学生たちと日々向き合い、細かな対応を行っているスタッフや、運営を統括している経営陣は、進捗管理やニーズへの対応に追われて、事業への俯瞰的な目線を持ち続けるのが難しい。そのなかで、幹事会は、事業の大きな方向性や、目指すべき成果について確認すると同時に、事業運営のガバナンスについても俯瞰的に見直す場となっている。

「幹事会は我々ETIC.にとって欠かせない、創造的な場です。スタッフに見えていない様々な視野と経験をもった方達に、自分たちの事業の状況を伝えることで、やるべきことを再確認したり、新たな視点を事業に組み入れたりでき、常に目線を引き上げてもらっています。外部の幹事の目があることで、組織のレベルアップにつながるんです。(山内幸治、ETIC.ディレクター)」

ETIC.の起業家支援プログラムには「VBM(バーチャル・ボード・ミーティング)」という手法がある。「VBM」とは、仮想の理事会・取締役会という意味で、先輩起業家や経営者、起業家の取り組む分野の専門家などをメンバーに招き、中長期戦略や経営課題について定期的に議論する場で、ともすると日常の仕事や取り組みに追われてしまう起業家が、あらためて自らの組織のミッションに向き合い、事業の意味を問い直し、そのビジネスモデルが磨かれていくこととなる。そこでの容赦のない言葉に、自らのふがいなさに気づき、またかけられる言葉に勇気を得て、涙する起業家も多い。

様々なプログラムを通じて接する若者に対して、ETICは「あなたが本当にかなえたいこと、やりたいことは何なのか」と常に問う側である。そのETIC.も、この内閣府の事業において、自らが問われる場所を、自らで設けている。この自らを問う仕組みを取り入れることこそが、ETIC.の創業当初から大切に続けてきたことである。

―2010年度内閣府事業・運営幹事会

「私自身も、幹事会で学んでいるんです。(石川治江氏)」

幹事会は、幹事にとっても、異分野の人と互いに知り合い、学び合う場になっているという。

「他の幹事から、そしてETIC.の事業からも、学びが多いです。幹事会のみならず、この事業の価値は、世の中の様々な知見をもつプロフェッショナルたちが集い、切磋琢磨していることです。目に見える起業家支援だけでなく、新たな関係性を生み出すマーケットでもあると思います。(井上英之氏)」

事業拡大期にも、大事にしてきた価値観を注入できるか

本事業の開始当初の幹事会では、従来ETIC.が運営してきたプログラムよりも、予算・事業規模ともに拡大せざるを得ないことを踏まえ、従来のプログラムの効果を、効率的に生み出せるような運営方法や、体制の見直しをはかる議論が焦点になった。同時に、リスク管理、経営管理の徹底に向けて、幹事から様々な知見が共有され、新たな仕組みづくりが進み、今もなお、新たな課題が生まれるたびに、深化し続けている。

また、会議の中では実施プログラムの細かな内容に関する議論も行われる。これにより、プログラムの根底にある価値観を次々に入ってくる新しいスタッフとも共有する大事な場になっている。たとえば、ソーシャルベンチャー・スタートアップマーケットについては、「新しい挑戦をしようとする人たちへの敬意の気持ちをもち、本気の挑戦を本気で応援するコミットメントの姿勢と価値観を、プログラムの細部に反映できているか」。「プラン応募者の成長を後押しするためにどのような方法が必要なのか」。実際の応募者動向や傾向を把握し、経験や知見をインプットしながら、プログラムの細部を詰めていく作業が進められた。

2010年度の実績は、年度目標に対して創業支援103.8%、インターンシップ事業97.9%の達成率となった。(『第5回幹事会—2010年度活動報告と今後の計画』はこちら

3.11後の事業の変化

2011年3月。ようやくこの事業も一年が過ぎ、アウトラインが見えてきたところだった。それまでの事業規模を大きく超える基金を扱うこととなり、手探りでありながらも、手ごたえとも言うべきものを感じ始めた矢先、わたしたちの日常が一変する出来事が起こった。
3月11日の東日本大震災の発生後、ETIC.は、3月14日より『震災復興リーダー支援プロジェクト』を始動した。

 「ETIC.はこの震災で、何をすべきなのか、何ができるのか」、その思いで、震災の2日後から幹事の川北氏をはじめ、ETIC.ディレクターを中心に急ピッチにアイディアを出し合った。これまでETIC.は、やる気と能力のある若手リーダー層を輩出し、また多様な分野の専門家や起業家たちをつなぎ合わせ、ネットワークを作ってきた。その経験を活用して、被災地の復興を支えるリーダーの支援を取り組むべきではないか。自らの持てるリソースのすべてを、可能な限り震災復興に投入したい。と彼らは強く思った。

4月6日に行われた第5回幹事会では、2010年度の活動報告および今後の計画に加えて、震災復興関連の議題が大きく取り上げられた。

このような時のために、私たちは地域に、日本社会に、挑戦を志す若者を輩出してきたはずだ。

ETIC.ディレクターの山内幸治より、内閣府事業の枠組みの中で、どのように震災復興に向けて取り組む計画なのかについて説明された。その時の思いを議事録から拾ってみたい。

山内幸治(ETIC.事業統括ディレクター)
「震災翌日、3月12日から検討を始め、14日に震災復興リーダー支援プロジェクトの取り組みを開始しました。ETIC.として一番できるのは、人材のコーディネーションの部分だろう、と考えています。これまでETIC.が支援してきた社会起業家の震災対応の活動を後押ししたい。また、インターン経験者を中心に、被災地で活動する現場のリーダーのもとに、右腕となる人材を派遣したい、と考えており、すでに現地に派遣しております。
 避難所支援、物資拠点についてはすでに着手しています。避難所支援は、川北さんたちとともに「つなプロ(正式名称:被災者をNPOとつないで支える合同プロジェクト)」を立ち上げ、避難所のアセスメントにボランティア派遣を開始しています(注:ボランティア派遣は5月1日で終了)。物資拠点は、「チャレンジ・コミュニティ・プロジェクト」の仲間の一人である株式会社ファミリアの行う復興プロジェクトに資金・物資面で協力しています。今後のリーダー/右腕インターンの派遣先として、農業六次産業化を目指すプロジェクトや、地域医療を推進するプロジェクトなどからコーディネートを依頼されている他、いくつかの団体と連携予定です。」

これを受けて幹事からは、
・「海外からの資金調達のために、海外の寄付者が税控除を受けられる口座を作り、英語での発信をし た方がいい。」
・「震災直後から、義援金ではなく、地域の復興を直接的に行う日本のNPOの活動に寄付をしたいとい う海外の問い合わせが多かった。
 緊急支援から復興までのすべてのフェーズに対応するETIC.のプロジェクトを紹介したい。」
・「本来の内閣府事業の趣旨と、整合性はきちんと取れているのか」
・「被災地のプロジェクトリーダーのもとに、有能な若者をインターンとして送ることは非常に有効だ が、創業支援については慎重に見極める必要がある。現地ですでに地場のネットワークをもち、ニー ズを把握して、ノウハウも持っている人の起業は積極的に支援すべきだが、東京からアイディア一つ で震災のためだけに起業しようという人の場合、実現可能性や、震災後の事業経営の難しさがあるは ずだ。」

など、オペレーション上のアドバイスやアイディア、事業内容のチェックなど様々な意見が出された。長い議論の末、内閣府事業の一部としても震災復興をテーマに取り組むことを承認、各事業部で詳細の活動計画や企画についてさらに具体を考えていくことになった。

おそらく、この数ヶ月で日本はその姿を大きく変えることとなるだろう。まさに今、時代は動き始めている。特にソーシャル領域、公共領域に関わるものにとっては、誰もがそう思うに違いない。ETIC.の本気の覚悟に触れ、当日の幹事会の前には、想定もしなかったアイディアやアドバイスが次々と生まれ、幹事同士の白熱する議論を経て、事業の内容や精度が瞬く間に向上してゆく様は、傍から見ていても震える経験であった。この事業の運営幹事会は、本当に生き物である。

ETIC.は、このような幹事会の場を通じて、自らの方向性を問われ続けることで、速度を緩めず、日々進化していきたい、と考えている。
そして、東北地方においても、地元の人たちの力が活かされながら、様々な外部の人々の力と連関し、エネルギー溢れる東北へ復興していくように、さらには新たな起業家精神を持った若者が東北の中から生まれ、また他地域から集まってくるよう、その持てる力のすべてを注ぎたいと考えている。

関連リンク

ETIC.震災復興リーダー支援プロジェクト



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